こちらは、翻訳家でありながら英語学習のメンターとなった理由についてお話しさせて頂く回、その後編となっております。「翻訳やってるなら良いじゃないか、どうしてわざわざ英語学習のメンターなんてやっているんだ」という、ひょっとすると至極真っ当な疑問に対する返答のための回です。

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英語学習のメンタリングを始めたことは、実は翻訳が好きであること、翻訳者であることと一本の線で繋がっています。

僕が翻訳を生業にするようになって最初に感じたのは、「翻訳という仕事が軽視されている場面がある」ということでした。より厳密に言えば、「英語ができるなら、誰でも翻訳ができる」と感じられている雰囲気があったのです。

翻訳の依頼を受注するサイトのひとつにLancersがあります。僕はLancers経由で出会ったお客様もとても多いですし、未だにメインの受注サイトとして利用していていくら感謝してもしきれないほどの恩義があると思っていますが、翻訳のカテゴリーを見てみると、次のような文言がたくさんあったのです。

「留学していましたので自然な英語が使えます」
「海外生活が長いのでネイティブと変わらない翻訳ができます」
「英検1級など、高難度取得も取得しています」

もちろん、アピールとしてのような文言が並ぶことに否定的な感情があるわけではありません。しかし僕は思ったのです。翻訳家なら、英語はできて当たり前ではないかと。その上で、『ただ英語ができる』というレベルを超えているからこそ、翻訳家という職業が成り立つのではないかと。ただ英語ができることが『翻訳家になれること』とイコールであるとは、僕には到底思えませんでした。しかしそれでも、そのふたつがイコールで繋がっている価値観は、どちらかというと一般的なのかもしれない。そう感じたのです。

これは、言うなれば仕方のないことでもありました。多くの人はそもそも英語に対して苦手意識がありますし、『英語訳や日本語訳をすること』と『翻訳という技術』は決して等号で結べるものではないのだと言ったところで、その違いをクライアントに理解してもらうのはとても難しいことです。ただそれでも、『翻訳家だ』と胸を張るためには、ただ英語が得意というだけではない技術が必要になる。むしろ、英語が得意だということは前提になるだろう。クライアントに理解してもらえなかったとしても、少なくとも翻訳家側の矜持としては、これは重要な意味を持つと僕は考えています。

その理念のもと、Lancersで翻訳家として活動したいと考えている人々を対象として、不定期で『翻訳ブートキャンプ』というものを開催しています。これは、『翻訳家として活動するなら、こういったことについて気を配らねばならない』という、僕なりの考え方や哲学を共有し、『翻訳とは何か』、『翻訳家になるということはどういうことか』、『そのためにどんな勉強をしなければならないか』、『良い翻訳とはどういうもののことか』ということを受講者の方に考えて頂くためのイベントです。そしてこうしたイベントを通して、僕は『翻訳』という技術の再評価を求めたいのです。ただ英語に訳したり、日本語に訳したりするのではなく、それ以上の価値のある技術であることを、何かによって証明したいのです。

では、それが英語学習のメンタリングとどう関係があるのでしょうか。

英語学習において、僕はそれぞれの語彙や英文法の解説、実際の用法における傾向のほか、どのように勉強するのが効率的であるか、どのように勉強するのがその個人に合っているかということを解説します。しかし実際のところ、そうした『英語の学習』は、あくまで『英語の学習』であって、翻訳の学習ではありません。

もちろん、俯瞰的に見れば翻訳の学習の中には英語の学習が入っていますが、英語の勉強は、翻訳の勉強をするための第一段階に過ぎないのです。ちょうど、分数の計算をするために掛け算や割り算を学ばなければいけないのに似ています。掛け算や割り算を覚えたからといって、分数の計算ができるわけではありません。しかし、分数の計算をするには、掛け算や割り算についての網羅的な知識が必須になるでしょう。

英語学習を進めていくと、『英語を訳せること』と『翻訳ができること』は違うことなのだと気付く段階があります。そしてこの『気付き』を多くの人に与えられれば、それは『翻訳の再評価』に繋がることに等しいのではないかと考えたのです。この場合の翻訳の再評価とは、堂本への再評価ではなく、業界全体での再評価を指しています。

このような理念のもと、メンティーの皆様や英語学習のオンラインサロンにご参加頂いている皆様にとって英語学習が楽しくなるよう、そして実りのある『使える英語』を身につけられるよう、お手伝いをさせて頂いております。

その上で、僕のもとで『英語ではなく翻訳を教わりたい』と言ってくれる人もいます。そういった人には、単なる英語学習のノウハウだけではなく、翻訳という技術について僕が考えたこと、習得する上で気をつけたことなどを共有しています。