「お客様がそう言っているので、そのまま作りました」——これは、一見すると顧客の要望に忠実に応えているように聞こえますが、実は多くのトラブルの火種になる考え方です。

25年以上、顧客折衝から要件定義、設計、開発、運用までを一貫して担当してきた中で、"言われた通り"に作ったにもかかわらず、後になって「思っていたのと違う」というトラブルになるケースを数多く見てきました。この記事では、顧客折衝において"言われた通り"にしないために、実際に意識していることをお伝えします。

なぜ、"言われた通り"がトラブルになるのか

顧客が発する言葉は、多くの場合、顧客自身の中で完全に整理された「正解」ではありません。顧客は業務や事業の専門家であっても、システムに落とし込む専門知識までは持っていないことがほとんどです。

つまり、顧客の発言をそのまま鵜呑みにして形にしても、それは「顧客が本当に実現したいこと」とは限りません。顧客の言葉の奥にある、本当の課題や目的を引き出し、専門家としての視点で形にし直すこと——これが、顧客折衝を担当する側の本来の役割だと考えています。"言われた通り"に作ることは、一見誠実に見えて、実は専門家としての役割を放棄していることにもなりかねません。

意識していること1:「なぜそれが欲しいのか」を、必ず聞く

顧客から「この機能を追加してほしい」と言われたとき、まずやるのは、その機能そのものの仕様を詰めることではなく、「なぜそれが必要なのか」を尋ねることです。

たとえば、「検索機能に、もっと項目を追加してほしい」という要望があったとします。ここですぐに項目を増やす設計に入るのではなく、「どんな場面で、何を探すのに困っているのか」を聞くようにします。実際に聞いてみると、検索項目を増やすことよりも、よく使う条件をワンクリックで呼び出せるようにする方が、顧客の本当の困りごとを解決できる、というケースも少なくありません。

顧客が提示してくるのは、多くの場合「解決策」であって、「課題」そのものではありません。折衝の中で、解決策から一段階遡って、本当の課題を引き出すことを常に意識しています。

意識していること2:代替案を、必ず添えて提示する

顧客の要望をそのまま実現することが、技術的・予算的・スケジュール的に難しい場合、単に「できません」と伝えるのではなく、代わりになる案を必ずセットで提示するようにしています。

「この機能は今回の予算では難しいですが、この範囲であれば実現できます」「この仕様のままだと後々の保守が大変になるので、こういう形にしませんか」というように、拒否だけで終わらせず、専門家としての提案を添えることで、顧客との対話が一方通行の要望受付ではなく、一緒に最適解を探すやり取りに変わっていきます。

意識していること3:合意した内容を、その場で可視化する

打ち合わせの中で「そういうことですね」と口頭で合意しただけで終わらせず、聞いた内容をその場で簡単な図や箇条書きに変換して見せるようにしています。

言葉だけのやり取りは、双方が同じ言葉を使っていても、頭の中でイメージしているものが違うということが頻繁に起こります。可視化して見せることで、「実はイメージが違った」というズレを、その場で修正できます。これを後工程まで持ち越してしまうと、修正コストは何倍にも膨らみます。

意識していること4:「専門家としての意見」を、遠慮なく伝える

顧客折衝において最も避けるべきなのは、顧客の意向を損ねたくないという理由で、専門家としての意見を飲み込んでしまうことです。

顧客が求める仕様が、長期的に見て運用しづらい、あるいは事業として非効率だと感じた場合は、その懸念をきちんと言葉にして伝えるようにしています。もちろん、伝え方には配慮が必要ですが、「言いにくいから黙っておく」という選択は、結果的に顧客にとっても不利益になります。専門家として意見を言うことは、顧客への敬意の欠如ではなく、むしろ信頼関係を築くための前提だと捉えています。

意識していること5:決定の背景を、記録として残す

「なぜこの仕様に決まったのか」という経緯は、口頭でのやり取りだけで済ませず、簡単にでも記録として残すようにしています。

プロジェクトが進む中で、当初の決定を忘れてしまったり、担当者が変わったりすることは珍しくありません。「言われた通りに作った」というすれ違いの多くは、決定の背景が共有されていないことが原因で起きます。記録を残しておくことで、後から「なぜこうなっているのか」を振り返れる状態を保っておきます。

こうした姿勢が、結果的に顧客の信頼につながる

"言われた通り"にしないという姿勢は、一見すると顧客の意向に逆らっているように感じるかもしれません。しかし実際には、顧客が本当に実現したいことを一緒に考え、専門家としての知見を惜しみなく提供する姿勢こそが、長期的な信頼関係につながっています。

長年の顧客折衝の中で実感しているのは、顧客が本当に求めているのは「言った通りに動いてくれる人」ではなく、「一緒に考え、より良い形を提案してくれる人」だということです。

まとめ

顧客折衝で"言われた通り"にしないために、次のことを意識しています。

  • 要望の背景にある「なぜ」を、必ず聞く
  • できないと伝えるときも、代替案を必ず添える
  • 合意した内容は、その場で可視化して認識を揃える
  • 専門家としての意見は、遠慮せず伝える
  • 決定の背景は、記録として残しておく

顧客折衝は、要望を右から左に形にする作業ではなく、専門家としての視点を持ち込みながら、顧客と一緒に最適な答えを探していくプロセスだと捉えています。この姿勢の積み重ねが、単発の案件を超えた、長く続く信頼関係を作っていくと感じています。