「今時英語くらいできないと」というように劣等感を煽るようなコピーで英語を勉強させようとしている広告は数多く存在します。しかし、こうした流れに僕は懐疑的です。英語学習メンターとしての立場にあることから、多くの方から「これからは英語を喋れないと駄目でしょうか」といったような質問を受けることも多いのですが、「無理に勉強する必要はありません」と言うことにしています。

まず何より、日本に住んでいるなら、英語ができなくて"困る"ということは現実にかなり少ないことです。確かに道を聞かれて答えられないというようなことがあると、「こういうときに話せればな」と思うこともあるかもしれません。しかし、そんなことは年に何度かある程度のことであって、別に英語が話せなくて日常生活に支障が出るということはほとんどないでしょう。

もちろん、英語を勉強して視野を広くし、視座を高くすれば、それまでとは違う景色が見えてきます。これは間違いありません。使いこなせる人が手にすれば、英語は間違いなく強力なツールになります。

ただ、他のハードスキルと異なり、英語の場合は「これくらい勉強すれば専門的に仕事ができる」だとか、「英語を仕事で使うならこれくらいできれば大丈夫」というような具体的なレベルの示唆が難しいものです。言い方を変えれば、"どれくらい頑張れば仕事になるか"ということや、"どれくらいのレベルならマネタイズに繋がるか"ということを一概に言えないのです。

また、英検1級やTOEIC990点があれば特定の職業になれるというわけでもなく、逆にそれがなければなれない職業があるわけでもありません(もちろん、キャリアアップなどの最低条件としてTOEICの点数が社内規定で決められているというようなケースはあります)。ともすれば、キャリア転換や、仕事をがらりと変えたいというようなことがあるなら、英語以外の技術を学んだ方が結果が出るまでが早いと考えられます。したがって、「そのケースなら英語より他の勉強をした方がコスパが良いかもしれませんね」といったようなアドバイスをすることもあるのです。

しかし、英語を使いこなせるということは、日本語でできることが英語でできるようになるということです。例えば、「私は文章作成、エクセル編集、パワーポイントでのプレゼンができます」という人が「新たにマーケティングを覚えました」と言ってもできることの総数は4つです。しかし、「新たに英語を覚えました」となると、「日本語の文章作成、英語の文章作成、日本語のエクセル編集、英語のエクセル編集、日本語のプレゼン、英語のプレゼン」という6つに増え、これに加えて「日常的なやりとり」というスキルも得られるため、"できること"が指数関数的に増えていくのです。

当然ですが、これは前者と後者を比較して『英語を覚える方がマーケティングを覚えるよりも良い』ということではありません(それは場合によります)。ただ、英語を覚えるというのは、これまでの自分の活動エリアをそのまま倍以上に拡張できるという技術であり、(十全に使えるだけの技術を身につけるまでは)習得に時間が掛かる傾向にある分、能力の拡張度合いもかなり高いと言えるということなのです。

そして、あらゆるスキルとの相乗効果が期待できる英語の勉強は、「いつ始めても良い」勉強でもありますし、「早くに始めればそれだけ能力を高められる」勉強でもあります。したがって、短期的にキャリアの舵を切るために勉強をするなら英語以外の勉強をする方が良いかもしれませんが、中長期的に英語を使ってキャリアを拡張していくことを考えるなら、英語の勉強は今すぐにでも始めた方が良いということになります(もちろん、短期的な勉強と併走して中長期的に英語を勉強することも可能でしょう)。一方、英語を使ったキャリア拡張が自分の未来のイメージに必須ではないとか、そもそも全く畑の違うフィールドで活動したいと考えているということであれば、英語以外の勉強をした方が良いということもあると言えるということなのです。

英語を勉強するということは、「何となく英語ができれば人生が上手くいくだろう」というモチベーションでやっても上手くいくことではなく、「私はこれをしたいから英語を勉強したいのだ」という気持ちがあることが前提として重要なのだと言えるでしょう。そしてこうした動機で勉強しているうちに英語の勉強自体が楽しくなってくれば、もう英語の技術的習得は約束されたようなものです。