新規事業おじさんのつぶやき Vol.436 「出ていけ」と言われても切り開いた新規事業 養鶏場の婿養子が貫いた信念
(本稿は2024年に掲載したものの再掲です。)
以下の記事が目に留まりました。
「出ていけ」と言われても切り開いた新規事業 養鶏場の婿養子が貫いた信念
https://news.yahoo.co.jp/articles/bf56f2bea430bc5555a717a9f27a54d5322210ea?page=1
>経営方針を巡って義父と大げんかした末に3代目となり、都内の有名料理店などとそぼろ肉やプリンなどの加工商品も開発。ブランド力を高めて、売り上げを5倍に伸ばしました。
凄い方ですね。
>伊藤さんは母の実家が農家でしたが、「まさか自分がやるとは思いませんでした」。高校卒業後、住宅設備会社などを経て不動産業に就き、東京都東大和市を中心に営業しました。やりがいを感じ、独立することが目標になりました。
>そのころ、同僚が義父と懇意になったことから今の妻を紹介され、交際に発展。長男を授かり結婚の許しを得るためあいさつに行くと、義父から「婿に入って養鶏場を継いでほしい」と言われました。
>「子どもも授かっていますから『はい』と言うしかないですよね。やるならとことんやろうと思いました」。伊藤さんは2011年に結婚し、伊藤養鶏場に入りました。
人生はわからないものですね。
>伊藤さんの改革も、当時は義両親から何も言われなかったといいます。「あまりにも好き勝手にやっていたので、あっけにとられたのかもしれません」
いろいろやられたようです。
>伊藤さんは周囲の反対を押し切り、農協を経由せず、自ら営業を行いました。コストを計算し直し、卵の価格も上げました。
>伊藤さんは飲食店への飛び込み営業を重ねました。「営業は不動産業でも経験があったので、ガンガン行きました。商品には自信があったので、卵を目の前で割って見せました。飲食店の皆さんは常に食材を勉強しているので、料理を出す時、ウコッケイの卵の良さをお客さんに伝えてくれるのです」
>その結果、それまでほぼなかった飲食店の取引先が約50軒まで増加しました。
>百貨店にも販路を広げるため、伊藤養鶏場のロゴマークも作成。地元の立川高島屋S.Cに2年かけて営業し、「東京うこっけい」の魅力を伝えました。
ダイナミックに動かれたのですね。
>しかし、マルシェが軌道に乗り始めた2015年ごろ、問題が起こります。伊藤さんの改革に何も言ってこなかった義父のいら立ちが頂点に達し、それまでのやり方を全て元に戻すよう言われたのです。
>「義父は昔かたぎで、飲食店などへの卵の配達一つとっても『なぜ農家が配達するのか。自分で買いにくればいい』という考え方でした。『おいしいものを作り続ければいつか伝わる』という義父の思いには賛同しつつ、私はこのままでは立ちいかなくなると思って変えてきたんです」
>2人の溝は一気に深まり、取っ組み合いの大げんかに発展。義父に「出ていけ」と言われた伊藤さんは、離婚届を書いて妻に渡しました。
>「でも、やっぱり手間ひまかけて育てたヒナが心配になるんですよ。それで翌朝早く様子を見に行ったら 運悪く義父と鉢合わせてしまったんです」
>再び取っ組み合いの大げんかに。それを見かねた伊藤さんの妻は自分の父に「これからは私たちでやるからお父さんが出て行って!」と宣言しました。娘に言われたショックからか義父が仕事場に姿を見せなくなり、これを機に伊藤さんが後を継ぐことになったのです。
なんとも言いようのないことがあったのですね。
>養鶏場を離れた義両親とは顔を合わせていませんでしたが、約2年後、義母が病気で入院することに。伊藤さん夫婦は義両親と再会し、その後、義父も病気で倒れたこともあって少しずつ話すようになり、関係が元に戻っていきました。現在は養鶏場が所有する畑を、義父が管理しているそうです。
あ~、よかった。
>年商は伊藤さんが継いだころの約1千万円から、5倍の約5千万円に増えました。「協力して下さる方々に支えられて今があります」
凄い話ですね。

